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【ラジオ・ヒッチコックR】

コンセプトは読むラジオ。映画や音楽の話題で楽しみましょう!

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★ ヘッダー画像をまたまたチェンジしてみました。
  写真のラジオは愛機クーガー7です!  


『死刑台のエレベーター』ジャンヌ・モローを偲んで… 

先月、7月31日にフランス女優、ジャンヌ・モローさんが死去されました。
ヌーベルバーグの恋人と呼ばれ、同時代を生きた女性たちに与えた影響は計り知れません。
以前のブログで、2011年に『死刑台のエレベーター』の記事を書きました。
改めてイラストを描き直した、リミックス・ヴァージョンで、彼女を偲びたいと思います。

まあ、こう言うことだ。
制作された年代も古く、編集でもアラが目立つ。
お前は忍者か!と突っ込みたくなる場面には目を瞑ったとしても、白昼堂々とビルをよじ登ったり、挙句にフックが付いたロープをそのまま忘れたり……。
そのロープは数時間後、何の説明も無しに、何故か勝手に外れて、道端にいた女の子が拾って持って帰っちゃう……。
この他にも言いたい事や突込み所は多々ある。
しかし、だ。
この映画が現在も名作と呼ばれ、リメイクに、リバイバル上映にと引っ張り蛸になるのにはどんな訳があり、魅力があるのか?
今日はその辺を重視しながら話を進めて行きましょう。

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(夜の街を彷徨うジャンヌ。マイルスの音が聴こえますように……)

ジュリアン(モーリス・ロネ)は、一つ上の階にいる、社長であり、愛人フロランス(ジャンヌ・モロー)の夫、カララ氏を自殺に見せかけた完全犯罪を企んでいた。
計画はアッサリと成功、全てを終えて意気揚々とビルの外へ。
何気に犯行現場を見上げたジュリアンの顔は青ざめた。
犯行に使用したロープがベランダの手すりに掛かったまま……。
慌ててビルの中に戻り、エレベーターに乗り込むが、運悪く今日は土曜日で、ビルの中には警備員だけ。その警備員が誰もいないと思って、ビル全体の電源を落として帰ってしまう。
途中で止まってしまったエレベーターに一人残されたジュリアンは、脱出を試みるがどれも上手くいかない……。

これがこの映画のプロローグで、観客を引き込むには抜群の設定だ。
この殺人に絡んで、二人の若い男女が描かれる。
主役は勿論ジュリアンとフロランスだが、もう一組の若いカップルが、ジュリアンの車を盗んで、行く先々でジュリアンの名前を騙ることで、エレベーターの中に閉じ込められて、手も足も出ないジュリアンと別のジュリアンが勝手に行動して、おまけに殺人事件を犯してしまう。
この辺りが秀逸である。
夫を自殺に見せかけて、殺す計画をジュリアンに実行させたフロランスも、ジュリアンの車を目撃、しかも助手席には若い女が……、と刑事の取調べで証言してしまうありさま。
一部始終を知っている観客は、「ち、違うそ!」と言う、殺人を犯したジュリアンに対して同情意識を植え付け、何とかエレベーターから脱出する事はできないのか?と言う気持ちにさせる。(この辺は、ヒッチコックの手法を大胆に取り入れている。なにせヌーベルバーグですから…)
サスペンス映画なので詳しい事は言えないが、
ジュリアンは閉じ込められたエレベーターから脱出して、完全犯罪を成立させる事ができるのか?
これを軸に、エレベーターの中と外の世界が同時進行して行き、複数の線がラストにはバッチリ集結を見せる。
さすが、の一言である。
さらに、この物語に豊かな表情をもたらしているのが、帝王マイルスのサウンド・トラックである。
オープニングから始まって、愛するジュリアンの行方を追って、夜の街を彷徨うフロランスの心情を見事に映し出していく。
マイルスの音楽無しには、もう考えられないシーンである。
ちなみに、このサウンド・トラックを収録した当時、ぶっつけ本番のような即興演奏が話題になったが、完璧主義者のマイルスがそんな事をするはずも無く、レコーディングの三日前から入念なリハーサルを繰り返し本番を迎えたのだ。
ま、考えてみれば、サウンド・トラックとして全ての曲がレコードと言う形なっているのだから、ジャズのお家芸とも言えるインプロビゼーションの部分は別として、やはりちゃんとしたスコアが存在していたんだろう。

ジャンヌ・モローの魅力、いや魔力。
マイルスの信じられないぐらい素晴らしい音楽。
手持ちカメラによる臨場感あふれる手法。
二転三転する物語の魅力。
そして、ルイ・マルと言う天才監督出現……。

まあ、こう言う事だ。
作られた年代も古く、編集でもアラが目立つ。
しかしながら、演出だけによるサスペンスの盛り上げ方といい、カメラ・アングル、ストーリーの工夫、音楽の使い方といい、これが25歳にして作り上げたデビュー作で、ヌーベルヴァーグの傑作である事に間違いない、と言う事だ。
現代の映画人は、この作品の持っているインパクトに感嘆の声を上げ、25歳と言う、その若さに驚愕すべきである。
(2011年11月22日)

心よりご冥福をお祈りいたします。

category: 過去記事リミックス

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『ザ・フォッグ』この恨み、はらさずにおくべきか! 

どーも、ロッカリアです。
暑いので、今日は2009年に以前のブログの記事に、イラストを書き足した過去記事でお楽しみ下さい。


これはリメイク版ではない、ジョン・カーペンター監督のオリジナル版。いちいちこんな説明を付け加えないといけないリメイク・ブームのハリウッド。
海賊版のほうで、「恐怖映画特集」なるものをやっている(お、何気に宣伝…)影響で、この時期、真夜中に見る映画と言えばやっぱりホラーでしょ、てな訳で、「ハロウィン」の次に制作されたこの作品をご紹介します。

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アントニオ・ベイと言う小さな港町の百年祭の前日に、ヒッチハイクでやって来るのがジェイミー・リー・カーティス扮するエリザベス。
午前0時から1時の間を魔の刻と言う私設放送局のDJスティービー(女性)は、町の沖合に霧が発生したことを告げる。その時から町中に不思議な現象が相次ぎ起こるが、午前1時を過ぎると突然収まってしまう……。
ツカミとしては申し分なく、見ている者を容赦なくアントニオ・ベイという小さな港町に引きずり込んでしまう。
この辺がカーペンター監督の上手いところ!

100年前に座礁して沈んだ帆船は、実はこの町の住人たちに裏切られて……、と言う真相が分かっていくと同時に、100年祭を迎えた当日、霧は海から押し寄せて、町全体を飲み込んで行く。霧の中には、人を殺していく不気味な姿が見え隠れするが、ラスト近くまでその姿はボカして見せる。(想像は容易につくけど…)
当時の宣伝文句に、「この恨み、晴らさずにおくべきか…」と言うコピー(魔太郎か!し、知らないだろうなぁ…)があったけど、まさにそんな感じ。

しかも、DJのスティービーが惨劇をライブでオンエアしたり、自らの放送局にも霧が押し寄せて、絶体絶命に……。ヒッチハイクのエリザベスは男と行動を共にして活躍するが、なんとこの映画で町の偉いさんを演じている女性議長に、ジャネット・リーが。と言う事は、親子競演の実現。(当時も話題に)
ジャネットと言えばヒッチコックの「サイコ」に主演、有名なシャワー・シーンが記憶に残っているでしょ。(ちなみにお父さんはトニー・カーティスね)

そして、真相の鍵を握る神父役にハル・ホルブルック!
この人は『ダーティ・ハリー2』なんかでお馴染みの役者さん、懐かしい。
ラストは少しあっさりし過ぎて、今の時代には少し不満の残る演出に思える。が、ひとひねりあるので、最後の最後まで気を抜かないで見ましょう。

実はこの映画も、『オルカ』『イルカの日』に続いて港町や海が出てくる夏らしい映画とも言える。しかも結構怖いので、夏の涼を取るにはうってつけの映画だ。
しかも女性DJが登場とあらば、外せない作品です。
 

category: 過去記事リミックス

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『ローマの休日』過去記事リミックス 

これは以前のブログで書いた記事です。
イラストだけを差し替えて当時のまま掲載します。



こんばんは、ロッカリアです。
僕の生涯ベスト10の作品。ついに、この映画を劇場で観る事ができた!  感無量だ……。
僕がまだ中学生だった頃、もう35年も前になるが、初めてTVの洋画劇場でこの映画を見てから、幾度と無くこの作品を見続けて来た。
この映画の凄い所は、何回見ようが、初めて見た時と全く印象が変わらない映画、と言う所だ。

・オードリーの動きはバレエそのもの
・初めての観光名所めぐり、の映画
・悲恋こそ名作の証!
・原題は『ローマ人の休日』…?
・映画はラストシーン!
・海外特派員、ヒッチコックが登場!?


永遠に続く、たった一日の恋……。
まさにその通りの内容で、今更細かいストーリー説明は要らないだろう。
大人のためのファンタジーでありながら、先にも言ったように、中学生にもなれば充分理解可能な男女の心理が描かれていて、感受性の強い子なら、涙しても不思議ではない。

アン王女を演じるオードリーは、元バレリーナだった事(ご存知か?)はオールドファンには良く知られているが、彼女がアーニャと名乗って、ローマの街中を歩いたり走ったりする場面では、その片鱗が見えてとても楽しい。
例えば、真実の口から逃げ出すシーンは、舞台袖に引っ込むダンサーのような感じだし、スペイン広場に行くまでの市場のシーンは、くるみ割り人形のような身のこなしになっている。
普通に歩いているだけで、まるでダンスをしているように見えて、これが実に楽しそうだ。
彼女に与えられた”スクリーンの妖精”と言う言葉は、こんな所から来ているのかも知れない。

トレビの泉、コロッセオ、パンテオン、サン・ピエトロ寺院……。
近作で思い当たるのは『天使と悪魔』だが(邦画では『アマルフィ』)今では観光スポットを巡りながらストーリーが進んで行くと言う、一粒で二度美味しい、まるでグリコのような映画のはしりじゃないかと思う。
そんな土台に立ちながらも、ストーリーがちゃんと地に足が着いているのがいい。
映画が始まってすぐに、「ネグリジェは嫌っ!」「スケジュールがいっぱい過ぎる!」と駄々をこねる。
「はいはい、これでも飲んで落ち着くのよ」とミルクを運んでくる。
子ども扱いである。
このオープニングがあるから、あのラストが、見ているこっちにも痛いほど伝わってくる。(義務や責任感が無ければ、私は一生ここへは戻って来なかったでしょう!)

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この映画には、同一人物による、二度の別離シーンがある。
初めは、車でアーニャを送り、彼女が去って行く所。
もう一つは、勿論、アン王女として、ジョーの前から去って行く所。
実は、この二つの別れのシーンが、悲恋であるにも拘らず、この映画を嫌な思い出としてではなく、素敵なロマンスとして永遠に語り継がれて行く名画の所以(ゆえん)ではないだろうか。

車での別離だけでは、あまりにも切な過ぎるしリアル過ぎる。
ある意味多くの人が、シチュエーションこそ違え、経験しているようなシーンで、感情移入し過ぎるだろう。
しかし、二度目の別れのシーンは、一国の王女と新聞記者と言う立場の中、三人だけが秘密を共有しいて、周りには気付かれないように、「ローマでの思い出は一生忘れないでしょう」と言って、再びジョーの前から去って行く。
この状況なら仕方が無いのか……、と誰もが感じ、納得させられてしまう。秘密を知っている観客にとって、救いのシーンかも知れない。
だが、次の瞬間、秘密を知っている観客だからこその、凄いラストシーンが用意されている。

アン王女が去った後、ジョーはポケットに手を突っ込んで、ゆっくりと会見場を後にして歩き出す。
途中、振り返るジョー。
僕は部屋の奥からアン王女が、いや、アーニャが走ってジョーの後を、追いかけて来る幻を見せられた。
おそらく他の人にも見えたはずだ……。
しかし、そこにアーニャの姿は勿論無い……。
フッと、口元をゆるめたジョーが、前を向いて歩き出す……。
ポッカリと穴の開いたジョーの心を見せるように、高い天井と、小さくなって行く会見場と、徐々に広がっていく空間がジョーと重なり、エンド・マークが現れる……。
まさに、名画と呼ぶに相応しいラスト・シーンではないか。

少し余談を。
この映画は「黄金の三角形」と呼ばれる構図で作られている。つまり、主演が、男二人に女一人と言う、映画が一番盛り上がるスタイルを、弱いながらも取っている、と言うこと。
『冒険者たち』『明日に向かって撃て!』などなどが後に続く。

『ローマの休日』と言うロマンティックなタイトル。だが、このタイトルは原題ではない。
『ローマ人の休日』というのが原題だ。以前にも紹介したが、「洋画タイトル珍百科」によれば、古代ローマ人が日頃のストレスを、グラディエーターやライオンと戦う奴隷たちの姿を見て発散した、と言う事を踏まえて付けられている。
宮殿を抜け出した王女が、日頃のストレスを発散するために、ローマの街で色々楽しむ、と言うメタファーらしい。
でも、『ローマの休日』と言う邦題を付けた人に、僕は拍手を贈りたい。

そしてもう一つ。
この映画にヒッチコックが出演していた、と言えば驚かれるんじゃないでしょうか?
オールド・ファンの中には、「はは~ん、あのシーンの事だな」と思い当たる人、いるでしょ?
ラストの記者会見のシーン。
王女との謁見の際、先頭を切って挨拶をするのが「シカゴ・デイリー・ニュースのヒッチコック」と言う特派員。
その人をよ~く見ると、あのヒッチコック本人……、のはずも無く、実は名前だけのカメオ(?)出演でした。
ん? でも待てよ、名前なんていくらでも製作者の好き勝手に付けられるのに、何故ヒッチコック?今日まであまり気に留めなかったけど、これには何かあるに違いない。
そう思って調べてみた。
インターネットこう使え!の見本のようなロッカリアである。
すると、ある大学の哲学科教員のブログにこんな事が書かれてあった。

 1953年の映画で、ヒッチコック全盛時代である。
なぜ、ここにヒッチコックの名前が出てくるのか?と言うと、このラストシーンが、真実を述べるために、ほかの人をだますというシーンであることに気が付き、当事者たちは、言葉の本当の意味を知っているが、他の人は知らない。
これは、ヒッチコックのサスペンス映画の定石である。
だから、ワイラー監督は、ヒッチコックの名前を目立つようにこの映画のラストシーンに出したのではないか…。

(このブログにはご丁寧にも後日、『ローマの休日』はヒッチコックのパロディ映画だと言っている…)

なるほど。いかにも哲学科的な見方もあるんだと関心。しかし、だ。
哲学科の教員の人に盾を付くつもりは毛頭ないが、仮にも(仮かよ…)このブログにはヒッチ先生の名前を冠にしている。
アンチテーゼだ、アンチテーゼ!!!
映画の事なら大学の教授にも反論してみせる。(それがキングスフィールド教授でもだ!)

映画好きの僕がこのシーンを見てどう思ったか。
あの、緻密にしてアカデミー監督賞3度受賞の名匠ウィリアム・ライラー監督が、「これはあなたの定石を使って作り上げた作品です。とても感謝しています、ありがとう!お礼の印にお名前を最後に入れときましたよ」なんて言うだろうか?
これは大いに疑問である。
そこで、まず注目したのがこの映画の冒頭すぐに、「この映画はすべてイタリアで撮影されました」と言う注釈が大きく入る。
これにまずピンと来た。
ヒッチコックはロケが大の苦手である。知っている人も多いだろう。ならば、最後にヒッチの名前を出して来た事に繋がらないだろうか?
僕の解釈はこうだ。
「やーい、ヒッチコック、どんなに頑張っても、ロケ嫌いな君にはイタリアにロケをして、こんなにロマンティックな映画は撮れないだろう!悔しかったらスタジオに籠もってないで、たまにはロケを中心に映画を作りたまえ!」
ね、こっちの方が楽しいと思はない?
その証拠に、この映画から2年後の1955年、ヒッチコックは南フランスにロケをした名作、『泥棒成金』を発表している。これは単なる偶然なのか、当事者のみぞ知る、か……。

今日は結構頑張って書いたなぁ。
この映画については皆も言いたい事が沢山あるんじゃないでしょうか。
大いに語りましょう、コメントお待ちしております。

と言う事で恒例のチケット代は……。

チケットローマの休日111編

おっと!プレミアム(お値段以上、或いは付加価値が高い)が付きました。ま、当然です。

中学生の頃に初めて見てから、今日までずう~と変わらない愛すべき映画『ローマの休日』。
変わったのは、僕が流す涙の量が、少し増えたぐらいだ……。




 
 
 
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