【ラジオ・ヒッチコックR】

コンセプトは読むラジオ。映画や音楽の話題で楽しみましょう!

『ゴースト・イン・ザ・シェル』  

どーも、ロッカリアです。

薙素子のアイデンティティーを確立させるためのドラマであり、それ以上でも以下でもない。
本家のように、電脳バトルや派手なアクションを期待して見ると、少々肩透かしを食らう。
しかも、そのアイデンティティーを確立させるのに、日本人の素子が如何にしてアメリカ人のシェルに入れられながらも、やっぱり脳は日本人? と言うから見る側としては複雑だ。

ゴースト

いっそ、オールキャストを外国人設定にして、舞台をニューヨーク、と割り切って作っていたらどうか。
ビートたけし一人が日本語ってのも変な感じがするんだが……。
本当にシリーズ化されるのかどうかは疑問だが、二作目を作るなら、それなりにハードルが高いことを製作陣は意識して欲しいもんだ。
と言うのも、ビジュアルを含めたテクノロジーに対するイマジネーションが、原作及びアニメと比較して衰退している、そう感じるからだ。

ただ、今回のラストで、素子は自分が誰なのか、と言う答えを見つけるシーンでのセリフは、心に残ったセリフがあるので、少し紹介しおきます。

「人は記憶の中に、自分の証を求めるけど、何をするかが人を決める」


記憶や思い出がその人を造るのではなく、その人の行いが人格を形成する。
その人の行いが、その人を造る。
良いセリフではないか。

Posted on 2018/01/25 Thu. 23:15 [edit]

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『マグニフィセント・セブン』と『荒野の七人』その決定的な違い。  

どーも、ロッカリアです。

『荒野の七人』も『マグニフィセント・セブン』も、根底には黒澤明監督の『七人の侍』がある。
『荒野の七人』は、この『七人の侍』のスピリットを見事に継承した作品に仕上がっていると、個人的には思う。
ところが、同じようにリメイクをしても、『マグニフィセント・セブン』は、このスピリットが欠けている。
そのスピリットとは何か?

スクリーンショット 2018-01-11 23.28.03

久しぶりのウェスタンと言うこともあって、意外に面白かった。
アクション・シーンも結構リアルな感じで、昔の西部劇を思い出させるように、ガンマンたちはカッコいい。
「強きをくじき、弱気を助く」のお手本のような物語は、概ねオリジナル(この場合『荒野の七人』と『七人の侍』を指す)に忠実だ。
ただ、先に述べたように、スピリットが一つ欠けているんだ。
それは、ガンマンの死に様と、農民の生き様と言う見事なコントラストが、この作品にはない。
農民の貧しい生活は町民に置き換えられていて、大地に根ざした生き方しか知らない、だからこその強さがここにはない。
ガンマンは命をかけて死んで行き、農民は命をかけて生きて行く。
見るものを心から震わせる映画には、その心に響く、何かしらのスピリットがある。
これを欠いた作品には、結局アクションを見せたいのか、と残念に感じてしまう。
リメイク作品に見られる多くの過ちは、スピリットが弱い、形だけの作り直しが原因だ。

このポスターの一番上に書かれている、「原案『七人の侍』『荒野の七人』その魂を受け継ぐ」とあるが、このキャッチを書いた人は、その魂が何なのか、分かっていない。
ガンマンたちがよく描けていたので、余計、残念に感じてしまいました。

Posted on 2018/01/12 Fri. 00:10 [edit]

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『グーニーズ』はなぜ面白いのか?  

どーも、ロッカリアです。

リアルタイムで観た時は、言うほど面白いとは感じなかったのですが、時が経つに連れて、段々と面白さが増してきた、と言えます。
裏を返せば、今のハリウッドでは、こう言った楽しい映画が作られていない、と言えるんじゃないでしょうか。
撮影方法も、ストーリーの順番通りに撮影され、ラストがどうなるのか出演者にも知らされていませんでした。
そして、この映画が面白いのは、スティーブンソンの「宝島」の現代版だから、だと思うからです。

(悪党一家のボスは、この母親だ!)
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主人公の少年マイキーは、小さい頃から父親に、片目の海賊ウィリーの話を聞かされて育った。
そんな彼は、立ち退きが迫った自分の家の屋根裏で、ふざけて遊んでいると、偶然古い地図を見つける。
マイキーは、その地図が片目のウィリーが宝を隠した場所が書かれていると信じ、この宝を見つければ、ゴルフ場の開発を目論む資産家から借りたお金を返して、立ち退かなくせて済むと、友だち(グーニーズ)と宝探しを始める。

地図には家の付近に隠されていることを示していて、探し始めると閉鎖されたレストランにたどり着く。
ところがそこは、悪党一家のブラッドリー家の隠れ家だった。

グーニーズたちは監禁されそうになるが、実はこのレストランには地下に通じる秘密の入口があって、追いかけられながらも、その地下に入って宝探しの冒険を続ける。
だが、グーニーズを待っていたのは、片目のウィリーが仕掛けた数々のトラップだった!

全体をコメディ・タッチで描き、一人一人のキャラクターを活かすことで軽妙さが出ています。
誰も(特に男の子)が子供の頃に夢見た宝探しの冒険談を、スピルバーグ(監督はリチャード・ドナー)は『インディ・ジョーンズ』の様な大掛かりな冒険じゃなく、とても身近に感じさせてくれます。
最大の見せ場は、片目のウィリーが仕掛けた数々のトラップを、いかに攻略するか、でしょう。

友情あり、笑いあり、そして涙もちょっぴり。
この映画を「宝物」の様に思っている人も、きっと多いはずです。


Posted on 2017/11/19 Sun. 21:31 [edit]

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『君の名は。』歴史改変SFだったんだ…  

どーも、ロッカリアです。

恋愛ファンタジーと単純に言い切れないほど、SF的に感じる。
どうして男女が入れ替わるのか、というロジックの説明はないが、時空を超えて入れ替わる、というのがミソ。
本人たちは夢を見ていて、その中で入れ替わっていると思っている。
だが、実際は朝目が覚めると入れ替わっていたり、元に戻ったりする。
ただ、時空を超えていることに気がついていない。
時空とは、三次元、つまりX,Y,Zの座標軸に時間を足したものをいうが、この作品では都会に住む高校生の男子、瀧(タキ)と、田舎の女子高生、三葉(みつは)の間には3年間の隔たりがある。この3年が、歴史改変の物語を紡いでいく。

スクリーンショット 2017-11-13 20.01.05


美しく描かれた彗星の一部が、残酷にも三葉の住む村に墜落し、村が消滅するほどの被害と、多くの人々の命を奪ってしまう。
この中に、三葉も含まれていた。
三年後にその事実を知った瀧が、その災害にリアルタイムで直面しようとしている村を救うために、三葉と入れ替わる。
これだけのSF設定なのに、まるで恋愛ファンタジーのように思えるのは、今必死に病気と戦っている大林宣彦監督の『転校生』の要素と、田舎と都会に住む同世代のカルチャー・ショックが面白く描かれているからだ。
また、時間に関する説明を、伝統工芸の組紐を使ってわかりやすく語られるのも興味深い。
中でも、黄昏時のエピソードは、心が震えるほど美しいものだ。

若い世代には瀧と三葉の生活が楽しいし、私みたいな世代にはSF的な展開が面白い。
複眼的に見られるこの映画だが、ラストへの想いは、世代や性別を超えて、ただ一つのことを願わずにいられない。
これが新海誠のマジックなのだ。

Posted on 2017/11/13 Mon. 22:26 [edit]

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『高慢と偏見とゾンビ』「不幸の名作、感染」のキャッチコピーが秀逸!  

どーも、ロッカリアです。
台風一過と思ったら、今度は爆弾低気圧に注意! 一体この地球はどうなっているんでしょうね。
さて、今日紹介するのは、ジェイン・オースティンの「高慢と偏見」の世界に、ゾンビが存在していたら? と言う小説がベースの映画です。
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(本の帯にナタリー・ポートマン主演となっていますが、この企画はボツになりました)

ゾンビ映画には、それぞれ微妙にルールがあって、この映画のゾンビは、人間が噛まれてしまうとゾンビになるが、そのゾンビが人間の脳を食べない限り、以前と同じ人格と知能が保たれる。

ゾンビ・ウイルスが蔓延している19世紀のイギリス。
ゾンビに食い尽くされたロンドンは、川と高い壁の中に封じ込められていた。
地方に分散した人々は、ゾンビに対抗するために、中国や日本で拳法を習って、それぞれの家を守っていた。
ベネット家の五姉妹も武術に長けていたが、みんな独身で、このままでは父親の遺産も相続できない。
そこに、大金持ちでイケメンの独身貴族、チャールズ・ビングリーが移住して来た。
エリザベスの姉、ジェーンとすぐに恋に落ち、エリザベスの方も、チャールズの友人で、英国陸軍の大佐ダーシーと出会った瞬間にトキメキを覚える。が、二人はプライドと偏見が邪魔をしてうまくいかない。
そんな時に、エリザベスの前に現れたのは、ダーシー大佐の幼馴染のジョージ・ウィカムだった。
彼に惹かれるエリザベスだったが、ウィカムにはある陰謀が秘められていた……。

もっと文芸寄りかと思ったら、意外とゾンビ寄りの映画。
でも、あんまりグロテスクなシーンを見せないので、スプラッターはちょっと、と苦手意識のある人でも大丈夫、かな。
全体的には丁寧な演出で、漫画チックに終始していないのがいい。
ただ、編集でミスが目立つ。
剣を抜いた次の瞬間のカットが銃になっていたり、エリザベス姉妹が歩いて移動中に、なんの説明もなく彼女一人がみんなの銃を待っていたりする。(想像するに、ジャンケンか何かで負けたんだろう)

余談ですが、ベネット家の主人を演じているチャールズ・ダンスと言う人。
シュワちゃん出演の映画、『ラスト・アクション・ヒーロー』で殺し役を演じたあの人。
この人を見ると、今でも、目の中にニコちゃんマークや照準のコンタクト(?)を入れているような気がしてならない。

ラストは気をつけたほうが良い。
ハッピーエンドと見せかけて一度終わるが、CASTのエンドロールが流れた後にまだ物語が残っている。
これを、アン・ハッピーエンドと取るか、続編を示唆しているのかは、観客に委ねられているようだ。

ゾンビ映画としては異色の19世紀の英国舞台。
ゾンビ好きは要チェックです。

Posted on 2017/10/30 Mon. 23:09 [edit]

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